歴史のオマケ:62

神使/7

日本の寺院の宗派:4
臨済宗

中国の臨済義玄を開祖とし、7祖の石霜楚円が出て楊岐派を形成し、更に黄龍彗南が黄龍派を形成して曹洞宗と共に大いに栄えた。日本には栄西が黄龍派の系統を伝えて聖福寺、建仁寺を建てて禅の道場とした。これが日本への禅宗初伝とされている。

更に俊じょうが入宋して楊岐派を伝え、泉湧寺を戒律と禅の根本道場とした。明治以降、各流派はそれぞれ管長を立てて独立した。現在、主なものに天龍寺派、相国寺派、建仁寺派、南禅寺派、妙心寺派、建長寺派、東福寺派、大徳寺派、円覚寺派、永源寺派、方広寺派、国泰寺派、仏通寺派、向獄寺派の14派がある。

曹洞宗

菩提達磨を祖とする禅宗は6祖の彗能が曹山に住んで南宋禅としてまとめられた。彗能門下に洞山良かいが出て、洞山に住んで禅宗を広めた。曹山の「曹」の字と洞山の「洞」の字をとって、この系統の禅宗を曹洞宗と称したのが始まりである。

宋代以降の中国では曹洞宗と臨済宗が禅の2大宗派として栄えた。日本には道元が入宋して曹洞宗を伝え、越前の永平寺を根本道場としてこれを広めた。彼はひたすら座禅に打ち込む「只管打坐」を強調した。また、日常の立居振舞が全て禅の修業であると説いて、厳格野禅風を確立した。

道元の没後、第4世の螢山が教義を改革して能登に総持寺を開き、以降、曹洞宗は道元を開祖、螢山を大祖として発展してきた。後に総持寺は火災に遭って神奈川県鶴見に移った。現在は永平寺と総持寺の2山がともに曹洞宗大本山になっている。
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写真1
角だけは金属製で、変な格好でひざまずいている牛。
まさに焼肉屋の店頭を飾るのに相応しい牛だ。
(西区武島天神社
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写真2
顔なんかお参りに訪れる人達から触られてピカピカ光っている。
これもまた焼肉屋の店頭を飾るのに相応しい牛だ。
(千種区高牟神社
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写真3
インドにいる牛みたいに痩せて妙に筋肉質の牛だ。
深紅の前掛けとも合っていない。
(中区桜天神社
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写真4
ここの神社のお神籤のマスコットが並べられていかにも楽し気。
牛自体は可もなく不可もなくといったところか。
(千種区上野天満宮
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写真5
これまた、触るのもはばかるようなピカピカの牛。
スペインの闘牛の牛のように精力絶倫な感じ。
(北区下飯田六所社
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写真6
この牛はちょっと拗ねてるのかな。これまで見てきた牛は全部外国産の牛のよう。
一目見て国産の牛と判るのはほとんどいない。
(中村区松原八幡社
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写真7
この子だけがケイロが違って見えた。
神社に奉納する牛はせめてこういう感じであって欲しい。
(瑞穂区北川天満宮
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by tomhana0904 | 2006-11-04 07:53


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